2013-06-21

 やっぱり日本語は縦書きの方が美しいと思う。

 もう6月になって3週間経過したみたいだけど、印象的な出来事があまりない。自分が何をしていたか思い出せない。特に勉強が進んだわけでもなく、課題をこなしていたわけでもない。ルーチン的な作業を繰り返していただけだ。規則的な日常はあっという間に時間を過ぎ去らせ、記憶に残らない陳腐な日々を量産していく。それはとても寂しい。気付いたら人生が終わっているのではないかと怖くなる。

 大学。2限:計算機(御茶ノ水博士)。遅刻して行った、発表がまだ終わっていなかったので驚いた。来週もあるらしい。来週すら用意が終わっていないであろう私はどうしようかと悩む。レポートは出そう。学期末までにがんばってマニュアル読んで根気でエミュレータ動かさないと……。結局試験はいつあるのだろう。昼はおにぎりを食べた。

 3限:応用倫理。また原発の話だった(文学部には未だに原発の話をする人が多い。来週は原爆の話らしい)。寝ていた。

 4限:西洋哲学史(神崎)。アリストテレス形而上学』の構成の話など。まだギリシャ語は単語はおろか文字すら勉強していないため読めないものがたまにあった。講義内容にまったく興味が沸かず困るのだが、今日は比較的丁寧にしゃべっておられたのでわかりやすかった。

 5限:死生学(榊原)。ベナー/ルーベル『現象学的人間論と看護』についての話。この講義は聞いていて面白い。レヴィナスの他者性や暴力性、「顔」の議論に触れていたり、看護理論の基本的特徴について学んだ。疾患と病気の違いなど。疾患(意識されない器官的な異常など)があっても病気(意識される身体の不調)にならないと人は診察を受けないという話、どこかで聞いたことがあった……(石原さんの講義だっただろうか)。

 6限:メディアコンテンツ。マイクロソフトの研究開発部門の人の講演だった。Kinectがどうとか。面白かったけれど、「わかっていた真新しさ」のような想定の範疇に収まって驚きにまでは至らないような、ちょっと微妙な違和感が残った。

 暇な時間は『データ構造とアルゴリズム』を読んでいた。基礎的な概説書で、あまり深い議論はない。この分野については私はもう少し専門的な理解を強化したい(将来的な選択肢の一つとしてきちんと構えられるようにしておきたい)ので、さらに複数冊読みたい。あるいは離散数学方面の勉強も進めたい。願望ばかり述べるだけで満足しようとするの禁止。

 

 おそらく理系の学部に行ったら間違いなく留年していた。そのまま理系学部にいたら、自分が本当にやりたいことを見極めずやる気を出さなかっただろうから。今の私は何度もそうやって考え続けて、自分の状況を正当化することに必死になっている。そうしないと潰れてしまうのだろうか。愚かなのは私なのだから、もう何も意味はない。

 数学の思考方法について考えていた。あれは諸々で「議論の型」の推論を意識すれば良いのではないか、という。それ以上のことは何も考えていないのだけど、たとえば問題を解くときや自分にとって新しい定義や定理を考えるときに、既知の議論を積極的に当てはめ「これはアレのアレと同じようなものだな」と決めつけてしまって、間違っていたら後で修正する。くらいの勢いで考えていってしまえばいいのではないかという。今まではじっくり考えてその概形をイメージが出来てきた後で「ああこれってアレのアレと同じじゃん」と気付く感じだったので、その順序を先取りしてみようという試み。

 『笑わない数学者』を買ってきた。読む。

 

では。

 

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