2013-06-24

 今日は眠かった。大学。2限:情報論理の中間。過去問にもレポートにも無いような問題(教科書読んでおけば良かったけど)に対処できなくて出来はそんなに良くない。半分いかないくらい。基本的に数学の証明問題は議論の方針がわからないとどうしようもない。私は類題を考えたことあるような問題しか対処できない人間なので(数学は好きだけど苦手)、面食らってしまった。3限:マクロ経済。小テストは簡単だった。このまま教科書無しで試験突っ込んでも単位狙えるのではないか。その後バイトに行って、C++のDLLの機能追加みたいなことをやっていたのだけど、C++もDLLも組んだことないのでさっぱり。だらだら悩んでいた。夜はすた丼を食べて23時くらいに帰宅。適当にやることやって寝る。

 

 哲学とは何なのか、学問とは何なのかという疑問が頭から離れない。どんな哲学の議論に対しても「それは哲学ではない」と言いたくなる気持ちが強くなっている。それは神学であったり、現象学であったり、社会学であったり、倫理学だったり、脳科学だったり、物理学だったりする。形而上学を狭義の哲学として与えるとしても、それは神や世界や魂についての学問にすぎない。逃げられないという感覚がある。哲学がいくら諸観念を概念化しても言語化しても、それはそれについての学問でしかない。そして、「そういったものが哲学なのだ」と構えようとしても、それが哲学なのだと納得することができない。言ってしまえば、哲学は初めから存在しなかったのではないか、とすら思えるのだ。少なくとも今大学の哲学研究として行われていることは、文献学や思想学、歴史学、社会学にすぎない。これは間違いなく言える。研究者個人個人の思索を哲学と呼んだとしても、研究として立ち上ってくるものはとても哲学と呼べた代物ではない。

 ……と私が思っているという事実がある。ここまで書いたことは真実ではなく、私が感じている事実でしかない。従って多くのことは間違っている。しかし私は現にこのように考えてしまっていて、その理由を突き止める必要がある(私はそれを欲している)。ここまで考えてだいたいの分析は終わっていて、今は落ち着いているけれど。

 

では。

 

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