2013-07-11

なんとなく1限無かった気がする……と思ったので2限の直前に駅前の上島珈琲店に初めて行った。二階の客席がとても静かで居心地が良かった。メニューも良心的だったので通う価値あり。明日も行こうかな。半時間ほど勉強して大学に行き、2限と3限出て、午後はバイトに行った。案件は片付いてなかったのだが、試験とレポートで切羽詰まってるので今月後半休んでいいですかと交渉したら了承してもらえた。持ちかけてみるものだ。そのくせ早めに帰ってきて布団に横になったらすぐに意識を失って4時間ほど寝ていた。お前は何をやっているのか。自宅じゃすぐ横になるし常に寝不足で疲労に満ち溢れているのでやはり家での勉強効率は期待できない……。
私は臆病で冷たい人間なのだ、と切に感じる。優しい人間だと自認したがることもあるし、現にそういった側面もあるかもしれないけど、やっぱりどうにも冷たさが勝る。社会で生きていて、「ここで行動を起こせばその原理は優しさと呼ばれるものなのだろう」と悟る場面に幾度となく遭遇する(その密度は人より高いかもしれない)。そういった場面で私は往々にして直接的に関与することができない。その自分の態度がハイデガーあるいはレヴィナスにおける気遣いの概念(こちらから直接に干渉せず他者の自律性を尊重することもまた気遣いの一種である、といった態度)に似たものだと自分に言い聞かせるのならそれでいいかもしれないが、私はどうしても後味の悪さを感じてしまう。そこに後悔や自責の念が混じる。馬鹿げた話だが、「私が本気で行動していれば世界は平和に人々は幸福になりえた」という価値観と通奏低音を同じくしているようなものである。しかし私は直接に干渉する度胸を持つことができるような人間ではないのだ。臆病で保身的な、自分の安全を優先するような醜さの混じる、唾棄すべき、ううむ。
ここまで書いていて私は自分をそんなにも良い人間に見せたいのかと呆れ果ててしまった。単純に面倒なだけだ。自分にできることがあったとしても、全てに手を出していたら疲れてしまう。疲れたくないのだ。私にはやりたいこととやらなければならないことがあり、自分を優先する権利がある。それだけの話なのだ。美化するような話でもなく、ただ醜悪な自意識を開陳することにしかならない。やめよう。

では。

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