2013-09-11

 臆病な君は、遠くに見える大きな山にすら怯える。ほかの誰も、君が怯えていることなど知らない。僕だけが知っている。君は気丈に振る舞って、たとえ突然幽霊が現れても笑い飛ばせるくらいの明るさで周囲の雰囲気を華やかにする。ふと笑顔の中に見せたわずかに怯える瞳の色を、僕ははっきりと覚えている。君自身ですら、自分の心の奥を知らないだろう。気付かないふりをしているのかもしれない。言葉にするのが怖いのかもしれない。ごくわずかな親しい友人に力ない笑顔を見せるという精一杯の甘えさえも、隣の人間に切り込む力強さがなければ掬い出されない。

 危険な考えだと言える。人間の敵は自分自身だと神様は言った。私はそれを疑ったことはないし、ほとんど多くの人間が同意するのではないかと思う。ただ唯一、素直に生きている人間がいて、悪く言えば利己的な遺伝子に従っているのだけど、その人たちは除こう。切り分けが可能なパラメータではなく、所詮は程度の問題である。

 人はなぜ自殺するのだろう。衝動的なものも、感情的なものもある。そこは対他的な殺人と同じだ。自殺の要因としては、絶望や恨みといった感情が挙げられる。その感情を誘発するのは、経済的な理由であったり、人間関係であったり、様々だろう。厭世観をこじらせてそのまま死に行く者だって少なくない。他の動物は自殺をするんだっけ。軽く調べた限りでは無いらしい(自殺のように見える行動をする動物は存在する)。

 段階あるいは階層という概念を導入すべきなのかもしれない。高次の創発現象が発現することでその規定を行うとして。イマでそういうことをしていたのを思い出した。果たして真実として観測できるのだろうか? 動物が動物のまま知性を獲得したときと同じように知性を構築できなければ、次の進歩は無い。知能構築の次の段階はそこにあって、単純な計算能力を持っただけの計算機にはこの先を生き残る資格などないように思える。二通りあるのだろうか。ソフトウェアによるシミュレーションか、完全に模倣された生物としての機械。知覚能力を持たせることなく知性は自意識を保てるのだろうか、という疑問もある。私が夢を見るときのように、ぼんやりと頭の中に世界があって、そこで意識を働かせるのなら良いのかもしれない。しかしそれは適応性を持たない。知覚対象が存在するからこそ環境適応は存在するのだ。しかし人は夢を見る。適応性の働かない意識の世界は確実に存在する。どうしてあの本を持ってこなかったのだ。まぁいいか。

 消えていった人の足跡を探してここまで来た、という歌詞。待ち時間にひたすら漫画を読み耽る学生たち。うっすらと雲の広がる晴れの空。照りつける日光の暑さとそれを中和するかのような涼しい風。せわしなく動き回る事務の中年女性を暇そうに目で追う複数の男子学生たち。アルトネリコの謳う丘って曲が好きなんだけど、雰囲気には合わないなと思いながら聴いている。

 

 時間が止まったかのように過ぎて、僕ははっとして時計を見る。短針は真下を指していた。外はうっすらと暗い。朝か夜かがわからない。記憶が曖昧で、意識がたった今から始まったように感じた。実際そうなのかもしれない。空っぽだった。何もわからなかった。今まで自分が何を考えていたか、どこで生きていたか、どんな人間だったか。そして僕は、小さな駅の待合室に座っていた。

 壁にある運賃表を見るに、おそらくここは長野県の山間部だった。駅舎を出てこじんまりとしたロータリーを見回した。大きな鞄を抱えた制服姿の青年がこちらに近付いてくるのが見えた。通りがけ「おはようございます」と彼は言った。僕もつられて「おはよう」と返した。気が付かなかったが、僕は駅員の制服を着ていた。どうやら僕は駅員らしかった。そして今が朝であることもわかった。どうやら早めに出勤してきてベンチで眠ってしまっていたようだ。自分に関する記憶がまったく無いが、業務に戻らなければならない。

 朝の業務は滞りなく済ませることができた。体が覚えていて、仕事は勝手に進んだ。時間に余裕ができてからは、事務室の中を調べて回った。自分の名字は名札に書いてあったが、どうしても自分の名前が思い出せなかったため、勤務者の登録票を見つけて住所など含め確認した。住居は駅の近くにあることがわかった。二十八歳、配偶者はなし。鉄道会社に就職し、研修期間後に遠方の小さな駅への配属を希望。不人気だったために希望通り配属先が決まり、今働くこの駅に勤め始めてまもなく四年になる。勤務のシフトは基本的に駅担当の二名で回し、あとは他駅から補助が入る。担当のもう一人は五十代の男性で、午後から僕と交代する予定になっていた。

 勤務を終え夕方に自宅に戻った。小さいアパートで、僕の部屋は二階の奥にあった。六畳一間。ぱっと見た印象では、私物は少ない。ちゃぶ台が部屋の中央に置かれ、隅に背の低いタンスがある。僕は制服を脱いでハンガーに吊し、タンスから見つけたジャージを着て、部屋を物色した。知らない人の部屋を家捜ししているようで抵抗があったが、確かに登録票に記されていた住所はここだったし、部屋の鍵も鞄の中に入っていた。

 はっきりと自分を示すような具体的な手がかりは何も見つからなかった。そして僕は、一体自分は何を見つければ納得するのだろうという疑問を持った。家族との写真や、高校の卒業アルバムや、好きなCDなどだろうか? でも、そういったものが見つかっても僕は納得しないだろう。僕自身を見つけたとは到底言えないのだ。僕は記憶喪失みたいだから、記憶を取り戻さなければ仕方がない。でも記憶は実体を持つものではないし、だから僕は結局何を見つけても満足できないのだろう。あきらめて、時間ができたら病院に行くしかないのだろうか。

 それとも僕は、最初から何もない人間だったのかもしれない。そう考えると悲しくなった。ため息をついて、台所の冷蔵庫に向かうと、そこにはメモが貼られていて――。

 

 みたいな展開。やっぱり記憶改ざんされたCIAのエージェントってあたりの線で行くと面白いのかなぁ。

 

では。

 

 

 

広告を非表示にする