2014-01-08

 2,3限に出て、そのあとアルバイト。ひたすらデバッグデバッグというよりもバグ取り、コードの修正。うまくいかない。夜は日付が変わった後に帰ってきてアニメを見ていた。ふうんという感じの。ああなるほど、と思った。つまり頭を出せば良いのだと。

 若年者納付猶予制度の年齢が引き上げられるとか引き上げられないとかニュースに出ていたけど、ちょうどFP3級の対策で見ていた部分だったから面白かった。自分としては今まで年金や健康保険というものはわかりにくさの塊だった(し、納付の当事者になるまで実感が湧かなかった)から、一通り知ることができるのは大きい。あとIPAから不在通知票が届いていた。応用情報の合格証書みたいなやつ。それより二週間後の試験の受験票が来ないようだけど大丈夫なのかな。早いうちに確認しておくか。

 講義にはなるべく出席しようと思いつつも面倒臭がってしまう。

 音の縛りが強い。音楽を聞いていると引っ張られる。絵は止まっている。音は生きている。声も生きているが、文字になると止まる。感性の次元はどうだろう。感性は生きているか死んでいるか。あまりにも生々しいから、あれ、ええと、んん? やっぱり、存在の圧力は小さい方がいい。現実感に溢れてグロテスクな「それ」に、私は感情移入することはできない。

 雨音が強くなってきた。雪が降るのだろうか。そういえば成人式の日に大雪になった年があったっけ(それはほんの去年のことだったはずなのだけど、私はもう遠い昔のように感じてしまう)。

 文章には性格が出る。私は今までそれを細かい表現に対する文句だとばかり思っていた。でもそれだけではないということに今になって気付いて、自分の文章を見返して、確かに私の性格が出ているのかもしれないと感じた。

 そうそうそれで、講義に出席したがらない自分についての話だ。拘束されるのを嫌がるのだ。結局自分の知的好奇心は自分で満たさなければ仕方がなく、講義はその手段の一つでしかない。

 彼を追いかけた。背中はとても近くにあるが、感覚としては遠くに感じる。嘘はつかなかった。事実として、あああれはペンネームだったのだ。唯一の仕掛け人は、本当は全てを悟って、救いを差し伸べた。それでいいじゃないか。

 これまた漠然とプログラミングの絶対量積みたいなぁと思ったので競技プログラミング的なものに挑戦してみるか(そのうち)。数学の話になってしまうけど、高校の頃、数学は好きな科目の一つだった。問題を考えるのが好きで、でも問題は解けなかった。たくさん解いてたくさん道具を手に入れてそれを駆使して解くというよりも、ただ漠然と考えて正答に辿り着こうとするのが好きだったのだ。それだけで勉強になったかと言えば、もちろん時間の浪費だった。馬鹿の考え何とやらってやつだ。だから数学の成績はそこまで良くなかった。国語はそれ以上に時間をかけたけど、そっちはまだマシな方だったのかな? 成績だけで測れるものではないか(最後の試験、数学より国語の方が点数高かったんだよなぁそういえば)。思えば世間は受験シーズンであることよ。ああええとつまり、漫然と手を止めて考えこむのもほどほどにしないといけないぞという自戒の話。

 

 もっと近付いてみようと思う。去年やっていたことだ。ぴったり一年くらい前。始発の時間まで開いている喫茶店に居座っていた。あの時から何も変わっていないように思える。変わったものが果たしてあっただろうか? あの時から私は何を得て、何を感じて、何を身に付けただろうか。

 それよりも、そろそろ死に固執するのを止めないと。いつまでも眠れないままの夜を過ごすことになる。

 

では。

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