2014-02-16

 昼前から新宿でアイマスの映画を見た。2回目。色紙はP春香美希のやつ。影響されてCDを1枚買って帰った。夕方は家。夜はファミレス行って本読み。

 どうやったら作者を救えるのかについて考えていたのだけど、救う必要があるのかもわからないし、掬われたいと思う人を見つけるのはとても難しいし、一過性の感傷だったのだと思うことにした。

 でもたしか、とある講義で私は、文学研究をしている教授さんにどうしてあなたは研究の道に進もうと思ったのですかと訊いたことがあって、そのとき相手は、救われない人を掬いたいからだと答えたのだ。その言葉には熱意があって、でも私は同時に虚しさも感じてしまった。それだけなんだけど。

 救われるなんて思ってはいけないし、少なくとも救いを求めてはいけない。掬われるのを淡く期待するくらいじゃないといけない。越えようのない隔たりを悼み、同情せず静かに花を手向けてくれるような、わずかばかりの人の心を。

 幸せは自分で作らなくてはいけない。満足するためには容器の大きさを決めなくてはいけない。でもそれを決めるのは最後でいい気がする、やっぱり。

 

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