2014-04-23

日記

 半日くらい寝ていた。起きたのは19時半。いちど14時くらいに目が覚めて4限に行くか悩んだのだけど、今週行っても講読の担当できなさそうだしと思って避けた。GWにかけてやることがそれなりに多い。起きてからは家を出て近所のインドカレー屋に行き、喫茶店で過去問をやって過ごした。独立一様の分布の確率変数列の和が標準正規分布に従ってその確率の差を求めるとかよくわからない問題にぶち当たって(中心極限定理という言葉を知ったのは後のことだ)時間を浪費していた。わからない問題が多すぎる。群の位数とか出てくる問題が毎年固定みたいだから詰めておくつもりなのだけど、というかもう少し過去問の出題比較しないと時間が(しかし出題傾向がわかったとしても十全に対策するほどの時間はない)。

雑記

 文字の比較はシングルクオート、文字列の比較はダブルクオート。

断片

 死ぬってどんな感じですか。亡き恩師の墓の前で手を合わせ、言葉を投げかける。彼はかつて私に様々なことを教えてくれたが、死の感覚については教えてくれなかった。いや、人の死を悼むことを教えてくれたかもしれない。まだ、五十にすら達していなかった。
 葬儀は同窓会さながらの面子になる。なぜ私たちは誰かが死んだ時にしか集まらないんだろうね、と旧友が声を出した。その口調は無念さではなく諦観を伴った平坦なものった。表情を見ると、あの頃まだ残っていた顔つきの幼さは今や消えていて、やがて纏うであろう老いた面影を見せつつある。なるほど歳を重ねたわけで。
 何かを忘れてしまってはいないだろうか。過去にしがみついてはいけないが、全てを捨て去ってしまうこともまたあってはならないことだ。掘り出せるような記憶はもう残っていなかった。どこかにあるはずだと彼が作った資料を見つけようとしても、埃を被ったダンボールは手の届かない場所にあった。もうほとんど、永遠に失われてしまったのかもしれない。
 折り返して気付く。失って幾度となく思い知らされる。これからは、失うことの方が多くなるということを。身体は衰え、記憶は抜け落ち、思考は鈍くなる。悲しみに浸る間もなく、次々とそれはやってくる。
 ああそうだ。成長期に教わったことは、データだけではなく関数として体に染みついているようなものだ。彼の教えたことは思考様式として残っているんじゃないかなぁ。気休め。

広告を非表示にする