2014-08-02

日記

 朝早めに起きて病院行ってそのあと図書館に。なんとなく集中できなくてふらふらしてた。夜は散髪に行った。帰ってきてARCのB問題完答できねぇって言って終わり。

断片

 全て同じだと騒いで、いやまったく同じわけではなくて、それぞれは同じかもしれないけど組み合わせとしては異なっていて、積を取り続ければ無限に生産される。そして、たとえ本当に同じものがあったとしても、受容する側の人間が世代を変え続けるのだから、関係としては同一になり得ない。原理的に。つまり連鎖は止まらない。そう考えることもできる。しかし誰も結末を知らない。
 新宿は東京都にあるが東京駅ではない。都庁があるけれど首都そのものではない。東京よりも人が多い、文化的な多様性がある。壊すならこっちだ。東京を壊さないで東京を壊すことができる、面白い街だと思う。そんなことはどうでもよくて。インパクトの問題だろうからここに書いてあることは忘れてください。
 物語の中だからリスクが取れる、というのを物語の人物は理解しているのだろうか。フィクションが完全なフィクションにならないようにその可能世界の内部では確率の計算をするとか、あまりにもリスクが大きいのにあっさりと主人公が乗り越えてしまうこととか、どこまで彼は事態を理解しているのだろう。いや、理解させれば良いのだろう。彼に独立した人格を認めるならば、彼は不思議に思わなければならないのだ。数多くある失敗の物語のうちから唯一選ばれたような奇跡的なシナリオが自分を描いているのではないか、という疑念を持ち得ないのならば、彼はやはり描かれた絵でしかなくて、そこに何の同情も喚起されない。自分は創造上の存在なのではないかという絶望が、いやしかし自分は確かにここにいて奇跡的にも生き生きとした物語を辿っているという仕組まれた現実が、葛藤を起こして、止まってしまわないのか。当然ながら僕たちについてだって誰も否定できないのだから、考えるだけ無駄だ。
 現実逃避はいけないという話だった。あのとき僕は何を考えていただろう。一人称は私で、ときどき散文詩めかした戯言を真剣に書き殴って、狂いそうになりながら電車に揺られていた。端から端までの時間でただひたすらに文字を打った。携帯電話が救いの一つで、ネットの掲示板が外の世界との接点で、私は私であるために、ああそうだ、わずかな繋がりを求めていたんだ。必死だった。でもそんなものどこにもなかった。私は人付き合いを知らなかった。そりゃもちろん、全部がそうってわけじゃなくて、殻に籠もっていた、殻に籠らざるを得なかったときの話だ。あったことをなかったことのように語ることも、なかったことをあったかのように語ることもしてはいけない。文章のために事実を捏造して記憶を改竄することの危険性は常に意識できたほうがいい。自分が嘘をついたのだという違和感を(それが微かなものになってしまっているとしても)掬い上げられるように、記憶の隅に留めておけばいい。
 窮屈な世界から救い出して欲しいと願う人がいて、窮屈な世界から放り出されてしまった人がいる。窮屈な世界ではすこし我慢すれば不自由なく生きられる。外の世界は自由だけど、自分の面倒は自分で見なくてはならない。大変だから、たとえ窮屈でも満足に生きることができる世界に憧れる。連れ出して欲しいと少女は言った。もし連れ出してそのまま放っておいたら、この子は死んでしまうだろうなと少年は思った。面倒を見る気も起きなかった。そんなことをしていたら自分も死んでしまうかもしれないから。少女はそのままそこに居ればいいのだ。残念ながら、僕と君のこれは運命の差みたいなやつで、隔たりってやつで、この間隙を超えることは他の誰にもできないんだ。少女は泣いた。少年も泣いた。
 違うんだ。僕/私はわざわざ自分の周囲にぐるっと深い溝を掘って、ああ自分は一人なのだ孤独なのだと喚いているだけなんだ。愛だと言う人がいた。憎しみではなく愛を基本の単位にすべきだと。僕/私は憎しみを物差しにしている/いた。僕/私にとっては愛より憎しみの方が能動的に扱うことができる/できた。根源的な憎悪。それは自分の価値が裏切られたと思い込んでしまっているからこそ生じてしまうものであって、始めから諦めていれば起こりえないのだ。決定的な夢や絶対的な希望なんてどこにもないのだという現実や、お前の存在は取るに足りないちっぽけなものでしかないという事実を、朝起きたときに丁寧に説明してもらえていれば、僕/私は何かを為そうと/何者かになろうと望むことなんてなかった。夜空に浮かぶ満月を捕まえようと試みるまでもなく、そう僕/私は新月なのだから、満月など正反対の/絶対に望むことのできないものであることは、最初から明らかだったのに。

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