2014-10-26

日記

 昼過ぎに起きて友達と池袋のイベント見てお茶して回転寿司食べて帰ってきて問題解いて予選通れなくて悔しくなった。努力よりも優先することがあるのだろうか、私はしかし怠惰に過ごすだけだし、それは今後も変わらないように思える。一体どうすべきか。
 仮定のもとで自分を動かしてみれば見えてくるものがあるだろう、ということを先日書いた。この意味は自分の属性だけではなく環境についても言えることだった。あるいは今自分が望んでいることが仮に叶った場合に、自分はどうするだろう。その次に一体何を望むだろうということを考えることになって、途方に暮れるのだ。自分があるかぎり、何らかの欲求は絶えることがない。無我は死に等しく、私はそれを願っているわけではない。ではどうするのか、一人の人間に向けることが正しいはずがなく、かと言って全てを背負わせるようであってはならない。どうするのか……。
 死ぬしかない、とは思いたくない。否定はしないが、なるべくなら避けたい。自分の目に映るあらゆるものがすべて同一のレイヤーで語られる事態において、意味という概念はいかに還元されるのか。これはほとんど解決したも同然だ。人間がかかわるほとんど全ての事象はあっさりと解体されてしまう。で、どうするか。世界がどうなっているか知りたい。それは間違いない。物理学がやりたい。ああそうか、彼らはもしかしたら私と同じことを考えているのかもしれない。うーん。今ならわかる気がしないでもないのだけど、おそらくは私という人間を通した時点でたいしたことにはならないのだろう。
 ちょっと雑に書きすぎたので意味がわからなくても気にしないでください。すみません。いつものことか。

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