2014-10-31

日記

 昼から研究室に行って教授の話聞いたり輪読会に参加したり勉強会に参加したりした。昼食は神保町でカレー、夜も家の近所のカレー(店に入ってから昼と被っていることに気付いた)。21時過ぎくらいに帰ってきて特に何をすることもなく寝た。3時半くらいに起きて朝まで部屋の片付けと掃除をしていた。いつも投稿時刻を0時に合わせているけど、これを書いているのは2014-11-01の朝7時だったりするのです。
 word2vecの話、あとは統計的な検定の話、最後に自然言語処理(基本的にNLPと書きます)の概観をするような話を聞いたわけだけど、だんだんとNLPという分野全体の位置関係が頭の中で整理されて、すっきりしつつある。「んーこの業界の人たち何やってるのかさっぱりわからんぞ」という段階からは脱して、「あーだいたいみんなこんなこと考えて頑張ってるのか」という納得と把握が持てるようになってきた感じだ。そうしてわかったことは、今盛り上がっている領域は、私が考えているような事柄が入り込めるレイヤーとは微妙に異なっているということ。異なっているというか、違うのは当然のことなのだけど、NLPをやっている人たちがおそらく見向きもしないようなことを私は考えていて、卒業論文のテーマにするということだ。恐ろしい。
 業界は日進月歩で、私が想像するよりも速いペースで技術革新が起きており、さぁて基礎知識は頭に入ったし研究がりがり進めるかーと意気込むであろう半年後にはさらに勉強すべきことが増えていることは請け合いだ。どうやらannualな国際学会の論文を読むだけでは追いつかなくて(なにせ1年待つのだし)、先っぽの方のことをやっている人の意見をリアルタイムで監視する勢いが必要らしい。なるほど多くは先行する研究の下地のもとに成り立っているのだし、真っ先にリアルの情報を集めて知らないことは勉強して補完するスタイルのほうが2014-10-30で書いた自分の性格に合致しているだろうし、追いつくというよりはがつがつ食っていく雰囲気でいきたい。
 ただ思ったのは、どんなにその技術(アルゴリズムと言った方がいいかも)が良い成果を出そうとも、有り体に言ってしまえばそれは単なる技術の寄せ集めでしかなくて、理論的な裏付けが弱いのではないかということだ。こうした不信感はまさしく工学に対する私の漠然とした不安や不満と同じであり、「うんうん技術が凄いのは良いけど地に足が付いていないというか、「正しいこと」はわかってないよね?」という納得のできない感情が起こっている。性能の向上によって成果を出すのはもちろん大事で、実践的な効果がなければ利益は生まれない。しかしそれだと少なくとも私は満足できなくて、じゃあ一体何が正しくて物事をどう捉えればいいのかという疑問に答えてくれるような物差しが与えられなければ、ゆっくり眠れないというか、そわそわして落ち着かない。
 私には素直に新しい技術を作って戦わせて勝つという仕事で相手を出し抜ける能力がない、と思う。たとえば数学は好きだけど上手ではないから、工学分野ではそういった面で単純に勝てない。そりゃ人並みにはできるかもしれないけど、勝たなければならない相手がそこらの凡百なんぞ何人束にしても敵わないようなびっくり人間ショーの人たち(言い過ぎ)なので、並大抵のことではない。もちろん始めから逃げるのではなく、せめて横並びかちょっと後ろくらいには常に立っていたい。
 向き不向きの問題で言うなら、私が向いているのは「理論の埋め込み」(最近この言い回しが好きだ)や分析的な態度だ。こうした自分の性格を生かさなければ有意義なことはできないし、楽しくない。というよりもこれすらびっくり人間の人たちには勝てない(というよりも彼らはそういうことをしたがらないだけであって、本気でやり始めたらとてつもないことになると思う)だろうし、もう何が何でも生き抜く方法を必死になって見つけないといけない。他の人と同じことをやっていても勝てないということが創造的な文脈では良く言われるけど、私においてはこの言葉が本当に文字通り当てはまるというか、そもそも目指すベクトルから違っている。それを自覚しておかないと、満足がいくような方向には進めないだろうなぁ、と思う。

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