2015-01-11

日記

 昼に起きた。ずっと家。夕飯は久しぶりにフライパンと鍋と包丁を手に持って作った(作ったと言える程度ではない)。各種調味料は使いきる前に消費期限が来ていて、スパゲティの袋は埃を被っている。ついでに言うと使ってない食器もうっすらと埃を被り、台所のスポンジは枯れて使い物にならなくなっている(使ったその場で捨てた)。この部屋で料理をする人間はいない。衛生面に不安があるため使う調理器具や食器は一度熱湯に通した。洗うときにも油汚れを落とすために熱湯をかけた。お湯は便利。ただし牛乳が切れて翌日のコーヒーはブラックにせざるを得なかった。不覚。
 家にずっといて、夕飯を食べ過ぎて集中もできず、レポートは進まず、これは翌日に回したほうがいいなという賢明な判断という名の戦略的な撤退をして日付が変わる前に寝た。パリでは百万人を超える規模のデモが起きている、というニュースを布団の中で見ていた。人はある統一的な思想のもとに集団を形成し、違う思想で動く人々を抑圧しようとする。多数者の圧政、のように見えなくとも、それがあくまで無血的な平和的主張を標榜していても、やはり圧倒的な声の大きさで何かを主張するということは絶大な効力を持ちうる。つまるところ個体数の規模は重要なのであって、道徳や倫理、秩序に関係なく、多数者は少数者をいとも簡単に滅ぼしてしまう。生物というのはそういうものなのだと、無思慮な印象を持ってしまう(まだまだ私は生物学的な世界観に振り回されていて、これを基底にして物を見るのは良くないとは思っているのだけど、やはり解釈のひとつの側面としては役立つ。もちろん人間は社会的な動物であって、あっさりと論断してはならないのだけど)。

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