2015-02-22

日記

 昼はお気に入りのカレー屋さんで食事をした。午後は大学の図書館で作業めいたことをして(日曜日は街の喫茶店が混んでいるからわざわざ大学の図書館に行ったのに、やはり学生に溢れていた)、夜は書店に寄って解析力学の教科書買ってラーメン食べて帰ってきて、洗濯物を干して、ゲームをして終わり。眠かったから早めに寝た。
 ゲーム内の事象を概念化するのが下手だからプレイングが上達しないように、実生活でも時間や空間の分割による概念化・固定化をしないから自己管理が下手なのだ。日々のノルマの消化や部屋の片付けができないのは、時間や空間の使途を自分で意識的に割り当てられないことに起因している。1日の自由時間をどのような行動に充当するか、睡眠時間帯をどうするか、机の上の空間を何に割り当てるか、本の整理の仕方、ひいては家具の配置に至るまで、それを計画し、事象として意識のうちに固定することができれば、生活の質は向上するのでないか。
 むろんそれはわかっていたことで、なぜ日頃からできないのかというと、精神的に疲れてしまうからだ。疲れないように幼い頃から習慣付けしておくのがもっとも理想的だったのだけど、私の育った家庭にそのような習慣はなかった。一方で、家族は計画で自らの行動を縛ることのない良い意味で自由な人々だったから、私も自らの思うがままに行動することができた。良し悪しというやつだ。規律というものは生産性の基礎値を向上させるのに寄与するかもしれないが、しかし自由な発想を阻害しうる。過去の自分によって行動が制限されるということは、今の自分が新しい行動や規範を想像する機会を一気に逓減させる。ということで必要に応じて使い分けるのが良いのであって、私はその必要性を大事な試験の直前などに絞って生きてきた。つまるところ自分にとってそれが最適な戦略だったのだ。結論、改善の余地なし。いやいや、そんなこと言わずに、ちょっとは気を付けてみましょうよ。

広告を非表示にする