2015-06-28

日記

 昼から大学に行って勉強会。わからない~って言って終わった。夜は池袋の定食屋で食べて、帰ってきてアニメみてぷよぷよやって寝た。
 アニメUBWの最終回を今更見たのだけど、「何かに熱中し感動することが素直にできていた年齢のときに見た物語」について、時間を重ねた今になっても同じように心酔することができるかというとそうではないなぁと感じていた(ちなみに3ヶ月くらい前にゲームも再プレイした)。長い時間が経った後だと、新しい受け入れ方をするかあるいは当時の自分の感性を回顧するかになるのであって、全く同じ感慨に耽ることはできない。でも仮に自分が同じものを構築することを試みるのなら、どういった視点でそれを生み出すことになるのだろう。同じ感性を響かせられなくなった人間が、そういった作用を生み出す物語を作れるのだろうか。もしかすると、初めて大きく何かに共感するという経験はある種の普遍性を持っていて、だいたい何でも揺れ幅の大きい物を投げ込めば同じような効果を生んでくれる、なんてつまらないことがあるのかもしれない(部分的にはそうだろう)。それなら特に気にしなくていいのかな。作りたいように作れば、それらしいものになってくれる、という意味で。