2015-11-02

日記

 昼からの用事だったので11時くらいに起きてコーヒーを飲んでドーナツを食べた。自室でコーヒーを飲むのは久しぶりだったかもしれない。もうそろそろ冬だしこういうのもいいなと思った。朝は雨が降っている音で一度目を覚ましたりしたけど昼前には止んでいて、傘を持たずに家を出た。みょーがだに大学へ。ゼミ。そのあとは大学に行って深層学習の講義の初回だった。教授の言っていることは正鵠を射ているように思えたけど、聞いている学生の側はどうだったのだろう。企業の人たちもそうだ。技術は普遍的であるがゆえに生み出した人の意図とは異なる使われ方をすることがある。少なくとも教授は生み出された意図のままを伝えようとしていた。しかし受け取る側は様々な需要のもとでその技術を利用する。もちろんそれによって社会のどこかで人が幸せになるのなら、彼らを批判する謂れはないだろう。でも伝える側の本心ではどうなのだろう、と思わなくもない。もっとも、私はここで研究者の目的の純粋さみたいなものを叫びたいわけではない。それはとても恥ずかしいし、秘めたるものでいいと思う。ついでに言えば、私のそれはまた少しずれている気がしている。自分としてはそういう自己認識の方が何かと都合が良かったりするし。
 講義が終わった後は赤門前の古書店で『『論考』『青色本』読解』とシュタイガー『音楽と文学』を買った。今さらウィトゲンシュタイン読むのかなと思ったけど買ってみた。2割引のセールが終わっていた。別にいいけども。ちなみに買った本の記録みたいな感覚で『』を付けて検索に引っかかるように書いています。たまに書名を書いてない記事があるのは恥ずかしいから。ということできっちり書いてるわけじゃないので、書名記録は定着しないまま終わっちゃうかもしれない。
 夜はゲーセンに寄ってから帰ってきて、コンビニ冷凍食を夕飯にした。買った本を少し読んで、バッハのフーガとやらを聞いた。なるほどオルガンの音というのは演奏者や作曲者の感情が乗らない。ピアノやバイオリンのように強弱がつかないから。言われてみればそうだ。いつかのコンサートでパイプオルガンの演奏を聞いていてその無機質さと単調さに息苦しくなったのは楽器本来の特性によるものだった、ということでした。オルガンの演奏に人間的なものを求め、しかしそれが原理的にありえないことを理解していなかったから居心地の悪さを感じたわけで、もっとこう空虚な感じで・崇高な対象に臨む感じで聞かねばならぬ。などということを思った。
 寒かったので早めに寝た。

広告を非表示にする