2016-01-24

日記

 寝たのが21時半くらいで、起きたら10時半くらいで、さらにまた寝て15時半くらいに起きた。何をする気も起きなくてゲームしたりアニメ見たりして過ごしていた。夕飯はコンビニ弁当だった。

 この一週間は土曜に向けての作業にかなり時間が割かれた。勉強になったことは多かったけど、他にやりたいことができなかったので困った。年末から論文なり今回の作業なりに気力をもっていかれていて(でもゲーム進める余裕はあったりしたけど)、ここでようやく落ち着くかなあという感じ。もっとも、次の締め切り的なものは来月の後半にあるから、それに合わせて次の一か月も精神的な忙しさは上り坂になるのだろうけど。
 うーん、去年のまとめ的なものを書いていない。去年だけでなくここ数年書いていない気がする。この日記を書き始める前はちゃんと記録にしていたはずで、できれば継続させておきたいのだけど、すでに去年のことをあまり覚えていない。印象としては研究というか勉強というか、自分のテーマのことばかり考えていた年だった気がするけど、その実あまり何も進んでいないので、休むに似たりだったかもしれない。理系の研究室は細かい頻度で成果報告をしなきゃいけないんだなぁとか考えてた気がする。自分にはその忙しさはちょっと合わなかった。というよりも社会は一般にそれくらいの忙しさのペースで回るのが普通なのかもしれない。新しいアルバイトで経験して感じていたことでもあるけど、いずれにせよ私はきっちりした社会生活にあまり適合できないらしい。高校生の頃からそうだったし、大学もそうだったのだけど、いざちゃんとした社会(というか研究室や企業という組織)めいたものに触れて改めて気付かされた。結局毎週のミーティングは2回に1回しか(しかも遅刻してしか)出られてないし、アルバイトの自己設定の出社時間には間に合わないし、朝は起きられないし。
 悲観的になるわけではないのだけど、自分がどうやって生きていくかはしっかり考えなきゃならない。教員になるまで大学に残って云々というのも嘘っぽいし(合わないだろうとは言われた)、なかなか難しい。睡眠周期が壊れ気味なのが諸悪の根元な気もするのだけど、じゃあどうすればいいかというのもわからないし、あまり改善する気も起きない(よくないのはわかってるけど)。
 そういう意味で消極的な逃げ道として研究まがいのことをやって生きるのがよさそうだなあと感じた、というのは間違いなく進路選択の要因のひとつとしてある(あ、いや、それでも研究室単位の活動には合わせられてないのだけど)。もちろん積極的な理由として、この一年弱という短い期間ではあるけど活動として自分に合ってるっぽいなあとは思えているので、おそらくそのまま進んで後悔することはないはずだ。分野として生き残りやすいのを選んだのもあるし。だからこのまま何とかやっていこうと考えた年ではあった。もちろん今後何があるかはわからないけども(予防線)。
 あと考えたのは、学振に拘らずに専門に近い(というよりもテーマそのままやらせてくれる場所もあるのだ)アルバイトをしていた方が稼ぎになるのではという点だ。だから固執せずにもうちょっと柔軟に考えた方がよさそうで、今までは学歴主義的に学振のことを考えていたけど、やはりそれ自体が成果というわけではないので、(アカデミアに骨を埋める決心をまだしないのなら)縛られないほうがいいな、と思った。どこぞの学振批判記事みたいなものを読んだときに考えたのは、採用された時点で国の予算で生きることになるわけだけど、日本はお金がなくて泥舟状態なのだから完全に身を預けるわけにもいかないのだし、自分の身銭はいざというとき自分で確保できるようでなければならないだろう、という話だった。そもそも私は国からのお金で生きるということを割と軽く見ていたかもしれなくて、自分で生きるという視点が欠けていたというか、研究者をやるのだって実際のところは会社員をやるのと同じで、誰か偉い人に報酬が決定される制度のもとに身を置くわけで、そのことに自覚的でなければならないように思う。お金を稼ぐというのはかなり面倒くさいことっぽい。
 やっぱり生き方について考える比重が大きかったのだろう。言語について考える比重も大きかった。そしておそらくほとんどその二つのことしか頭になかったように思う。だからあまり辛くなかったというか、ひどい悩みに陥ることもなかった。あとあれだよ、研究的なことやってると(胸を張って研究してます!と言えるほど何かができてるわけじゃないし、「研究」という言葉も頭を占めすぎて苦手になってきた。別の言葉が欲しい。「論文」も同じ感覚)、調子の合いやすい人が身近に増えるんじゃないかと思ったよ、それは一番良いことかもしれない。
 という感じで、ここまで書いてようやく眠くなったので(嘘だけど)、おやすみなさい。

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