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2016-05-19

日記

 起きたのは11時半くらいだった。13時過ぎからアルバイトだった。作業でよく話をする人とは英語じゃなきゃならなくて少し苦労するけど、意思疎通はできてなんとかなっているので良かった。17時過ぎまでやって、走って電車に乗って別のアルバイト先に行って、打ち合わせと簡単な作業を2時間半くらいこなして終わり。夜はつけ麺屋に寄ってから帰ってきた。帰路の猫はあまり反応してくれなかった。少し風があって涼しかった。帰ってきてからはゲームをして、あとは何もやる気が起きなくて(食事が中途半端なせいで気分が悪いままになってしまったりなのが良くないのだと思う)、声優ラジオを聞いたりして脳をぼーっとさせて、これを書いて3時半くらいに寝た。

断片

 自分の文章が好きかどうか。わからない。自分以外の誰かの文章を好きになったことがあるか。それもわからない。好きという言葉を当てはめることができるようなものでもない気はする。言葉を追ったあとに残る感覚が心地よいものであるかどうかくらいのことは考えるけど、それ以上のものはない。語調や文体よりも内容に入り込んでしまうことが多いから、だんだんと気にしなくなっていく。もちろん、最低限のラインみたいなものはあって、読めないものは読めないから、読み通せるということ自体がある程度の評価を意味することはあるかもしれない。
 ここまでの自分の文章を読み返してどう思うか。あまり心地よくない。つらつらと長く流れるように書きたいのに、ここしばらく断片的で明瞭さが求められる文章ばかり書いてきたから、感覚がよくわからなくなっていて、書きながらとても違和感があり、思うように言葉が出てこない。いや、もともとそうだったのかもしれない、自分の理想に擦り合わせるような書き方をしばらく試していなかっただけで、本来そのような意図を持って書こうとすれば常に違和感ばかり残ってしまう文章だけが吐き出されていって、自分の記した様々なものが好きになれないままログだけが延々と増えていく。今まで書いてきたものはすべてそうだったのかもしれない。自分の言葉を納得行く形で残すことなんてこれまで一度でもできただろうか。どうにも思い出せない。
 自分が初めてたくさんの文章を書いたのはおそらく小学二年生のときで、学校の文化祭的なイベントの感想文を書くという課題だった。先生は原稿用紙5枚も書けば十分と言っていたのに、私は思いつく限りその日の記憶をすべて並べて、10枚も20枚も書いた。感想がなく、ほとんど事実の羅列だった。あのときの私は長々と書くことがただ楽しくて、増えた枚数を誰かに驚いてもらいたくて、いくらか偏執的だった(これ、「へんしつてき」っていつも書いてたけど、「へんしゅうてき」でもいいんだ……どっちが良いのだろう……)。
 それ以降で記憶に残っているのは中学三年生の卒業課題的な読書感想文で、あのときはたぶん万単位の字数を書いたはずだ。善と悪とか、価値観の話を書いた。そのときにある程度は視点を相対化するようなものの見方を知った(これは余談だ)。高校一年生のときには世界とか神について書いた(これは厨二病だ)。思えば規範的な切り口の書き方をしていたはずで、その癖は今も変わらないのかもしれない。あとは思い出せない。大学の卒業論文が次いで長いかもしれない。
 記憶に残っている執筆物は、そのどれもきちんと推敲されていない。そもそも推敲したり調子を整えたりという感覚を明確に持つようになったのは大学に入ってからのことで、(作業以外で)書いた文章を誰かに添削・修正されるという経験も今までほとんどなくて、だから「今の目線で」納得できたことなどありはしない。もちろん書いた当時はそれなりに満足したのかもしれないが(それも小学生の時までだろう)、きちんとした言語モデルを持つようになってからは違和感の方が大きかったはずだ。
 これからだって、自分の文章に納得できる経験などほとんどありはしないのだと思う。誰かの文章を読んで「これはよいものだ」と思える経験がほとんどないのと同じように。
 それだけ。「作業以外で」と書いたのは、院に入ってからは論文の原稿を指導教員に見てもらうようになったからだ。でも論文の内容はきわめて技術的で仕様書みたいな感じだから、感情が一切入らず、作業に近い。むろん納得などできたことはない(というよりもそもそもカテゴリが違うか)。最低限の内容を整えると、内容についての突っ込みが入る。それは自分が理想とする文章表現の調子の話ではない。

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