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2017-02-18

日記

 昼前に起きた。家族と食事に行った。とんかつを食べた。みんないろんなことを言う。研究室に行った。昨日よりは寒い日だった。カフェラテを買って行った。すこし英語の勉強をしようと思った。英単語を引くスクリプトを書いた。論文を読んだ(というか調べた)。自分の研究らしきものは大したことないなぁと思った。夕飯はメンチカツカレーを食べた。そこまで美味しくなかった(自分はすこし辛めの味がいいのかもしれない)。駅ですこし話をした。行き帰りの電車では少し数式が出てくる本を読んでいた。自分の分野については、そこまで強烈に難しいことをやっているわけじゃないのにさも難しいことのようにやっている場合が多かったりするのかなと思った。「難しい」ってなんだろう。説明が足りない教科書は難しいと思う。論理に飛躍があると追うのが難しいけど、それは書く側に問題があるかもしれない。肯定的に考えるなら、書く側の要求水準(許容する飛躍の程度)が高いときに難しいのかもしれない。あるいはイメージができなくなったら難しいのだろうか。状況的な想像ができなくなったらだろうか。理解することをぷらぐまてぃっくな定義に落とすのなら、それを自分が再構成して利用したりできればいいのかもしれない。となるとたとえば同時に扱わなければならない変項の数とか、それに関わる記憶力とか。哲学なら、断片的な概念群に整合的な網の目を与えることとか。話の始めに戻ると、おおよそ教科書になっているようなものは丁寧に追っていけば理解できるようになっていると思う(もちろん例外はある)。わからなくなるのは往々にして何かを読み飛ばしたり忘れたりしているからだ。

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